ブラウン監督

闘将の条件−カープ歴代監督の思考に迫る

−チーム低迷も意識改革を遂行。横山竜士が語るブラウン政権の真実


~中略~

2006年、最下位に沈んだチームの再建を託されたのは、かつてカープでプレーした“助っ人外国人”であるマーティー・ブラウンだった。

当時のチーム事情もあり成績は振るわなかったものの、後に楽天の一軍監督にも就任するなど独自の理論はチーム内外から高評価を受けた。

ブラウン監督の下でセットアッパーとして復活を遂げた横山竜士氏(現広島一軍投手コーチ)が当時を振り返る。

https://www.hiroshima-athlete.com/articles/-/211


・3年契約最終年(旧市民球場の最終年でもあった)、「あと一歩でCS」というところまで行った。

これでマーティ留任を求めるファンの声も高まり、球団は新球場移転⇒生抜き日本人監督就任(ノムケン)という既定路線を改めたんだったっけ。







マーティーが監督に就任するにあたり、当時ほとんどの選手が外国人監督の経験がなかっただけに『どうやってコミュニケーションを取ればいいのだろう』という雰囲気がありました。

当時、僕は山本浩二監督の元で故障続きだったこともあり、プロ野球選手としてこの先もう一踏ん張りしなければならない、という時期でした。

そんな中で迎えたキャンプではマーティーからの指示はほとんどありませんでした。投手陣の練習は投げ込みも走り込みもなく、それまでとは練習方法が一気に変わりました。

ですが、それまではブルペンで投げ込みを行って調整することがメインで、肩痛を抱えていた僕にとってはリスクが高いものでした。

それだけに、個々の課題を持って調整するというマーティーの方針は僕に合っていました。そして過去の成績、投球スタイルについても、特に指摘されることはなく、横一線で選手たちを見ていたと思います。

(全文はリンク先)
https://www.hiroshima-athlete.com/articles/-/211


・2009年にやめさせられたけど、投手崩壊(最後は上野大島岸本が勝ちパターン)、防御率1点以上悪くしてCS争いすら出来なかった時はブラウンのありがたさをしみじみと感じたものだ。




・元々09年にノムケン就任が内定しているような状態だったところをひっくり返してブラウンが続投したのでハジメに嫌われとるって事は無いよ




・ブラウン当時は選手を育ててなんとか円熟期に達した瞬間黒田新井がサヨウナラ。
辛い時代だったな。





・ブラウン絶賛ですね。後半期、前田智と折り合わなかった記憶が強いです。

元気にしてるかな?




・ブラウンと言えばベース投げ、内野5人シフトのイメージが強いけど中継ぎの整備に関しては一定の成果があったんだよな 




→後半に揃えた横山、梅津、シュルツそして抑えは永川といった形はなかなか良かった

ただ先発のコマ不足と栗原頼みの打線がね解任の一年前の年は9月まで夢を見たなあ




・チームの意識改革の功績は大きかった。退任直後にマエケンがブレークしてモデルケースとなったことで
後任のノムケンがブラウンのやり方を全否定できなくなったことが今の評価の主な構成要素だとは思うが




・戦力的にはツラい時期だったし、積極采配が裏目に出ることも多かったが 
今振り返っても野球は面白かったし、カープファンが夢を見られた時期だったと言えるかもしれない。




・マーティーの時の外国助っ人は面白い選手が多かった!
あとはこの監督から外国人投手の補強がうまくなったカープ。





■ブラウン政権を語る記事に、本人がツイッターで反応。横山竜士や東出輝裕について回想


























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