1キャプチャ


基本的にはランナーさえいなければヒットはOK、ホームランは防ごう、という心構えだった


僕にとって、彼は現役時代最後に対峙したバッターでもある。その時投じた8球が、「黒田博樹から大谷翔平への無言のメッセージ」として受け止められているのだと、メディアの報道を通じて最近知った。

大谷選手が「ほぼ全球種を打席で見ることができた。間合いやボールの軌道が勉強になった」と言ってくれていたらしい。何しろ普段から自分に関わる報道は目に入れないようにしていたので、これまで知る機会がなかった。

大変光栄に思うと同時に、「いや、あれは大谷選手自身が僕から引き出してくれたものだったんですよ」と言いたい。意図的に球種の幅を見せよう、なんて余裕はなかった。

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将来メジャーへ行くだろう大谷選手が、メジャーで実績を残した黒田選手にどこまで通用するか。しかしこの記事を読むと黒田選手は本当に体力的に限界だったのだと知りました。

そんな状態で名勝負を見せてくれたことに本当に感謝します。

この時の経験などを積み重ねてどんどん成長している大谷選手を見れるのは本当に楽しいです。










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42: ぶーんと飛躍するななC⊂( ●▲●)⊃ 2022/09/29(木) 19:36:37.71 ID:z/wYPASI0NIKU
ただでさえ高視聴率シリーズだったのに、3勝3敗1分けで土曜日ナイターでラスト黒田vs大谷先発とかどんだけ数字出せてたか

・第7戦までもつれれば黒田選手が登板する予定だったと思います。そうなればまた大谷選手との対戦が見られると思い、ワクワクしていたのを覚えています。それほど第3戦での対戦は見応えのあるものでした。




めちゃ面白いしいい記事。当時を知らない大谷ファンの方にも読んでほしい名文、そして思い起こされるあの日本シリーズでの黒田さんのマウンド。

ぼくは阪神ファンですが野球ファンなので黒田vs大谷はワクワクドキドキしながら見ていました。結果どうこうより純粋に一挙手一投足に興奮して楽しかったのを覚えています。












3キャプチャ


まるで赤子の手をひねるかのように、たやすく対応されてしまった


4回、先頭打者として対峙したあの打席で、彼の本領を見た気がする。外角ツーシームと内角カットボールで体勢を崩し、3球目のスライダーで空振りを取った。こちらのリズムと思われたその次だった。内角にやや甘く入ったカットボールを、右中間へ持って行かれた。

確かに変化はあまり大きくなかった。だがそれより、変化しようがしまいが、来たボールにアジャストしよう、という姿勢だったのだと思う。まるで赤子の手をひねるかのように、たやすく対応されてしまった。

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https://www.theplayerstribune.com/jp/posts/hiroki-kuroda-last-game-to-shohei-ohtani-baseball


・黒田は大谷対策として足元を狙って投げろ!とチームメートに指示して抑えたという話を聞いたが。




・この試合札幌ドームで直接観戦しました。日ハムと言うより、大の大谷ファン。黒田投手は大学の同窓。願ってもない対戦でした。

素直に、その二人の対決を直接目の前で、この目で見る事が出来ただけで大満足でした。




・このエピソードを黒田投手ご本人から足首の痛みに耐えながら対戦し、チームの勝利の為に投げ抜いた投手、黒田さんの気持ちに改めて感動を覚えます。

やっぱり黒田博樹投手は素晴らしい選手です。ありがとうございます!




・あそこで交代したのも記憶に残る理由のひとつだったと思いますがその心情を事細かに時代を経て今こうして読めたのは至福でした。



・長年身体を酷使してきて、相当ダメージが大きかったのだろう。でも、マウンドではそんな辛い顔を見せなかった。黙々とプレーする、その背中にファンは魅せられ、或いは感動していた。



あの2人が対峙した最後の黒田氏の登板は、本人同士はそう語らないかもしれないけど、しっかりとバトンを受け取って今の大谷の活躍って事かな。

いつか対談がみれそうな2人ですね。

黒田氏は引退後もあまり表に出てこないけど、個人的にはそんな所も好きな人物です。




4キャプチャ


20年間、一生懸命に野球をやってきて、最後に野球の神様が舞台を作ってくれたのかな


すでに足首は限界に達していて、彼との対戦を終えた直後に一度ベンチに戻った。状態を確認してマウンドに戻ろうと思ったが、次打席に控えていたのは長打力のある中田翔選手。不完全な状態で向き合うことはできない相手であり、自ら「変わります」とチームに伝えた。

あの日本シリーズからもうすぐ6年。当時は悔しさもあったけれど、改めて振り返ると、大谷選手には感謝しかない。日本シリーズという最高の舞台で、最後の最後まで真剣勝負をして引退することができたからだ。本当に、自分の中ですごく誇りに思っている。

プロの世界では、誰だっていつかは自分より若い選手に打ちのめされて辞めていく。自分より一回りも二回りも若い選手を恐れ、なんとか抑えたいと踏ん張り、ギリギリのところで争いながらユニホームを着続ける。そんななかで、最後に僕に引導を渡してくれたのが、大谷選手だった。

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6キャプチャ


最後に残っていた僕の野球人としての魂を、ギリギリまで引き出してくれた


改めて言おう。僕の現役最後の登板で、世間から「黒田博樹から大谷翔平への無言のメッセージ」とされている8球は、僕からのメッセージではない。大谷選手が自分の実力をもって引き出したものだ。

1打席目にツーシームとスライダーで彼を抑えることができていたら、3打席目でフォークを投げることはなかったかもしれない。彼の打撃が僕の投球を上回っていたから、僕も意地になって投げた。40歳を超えても、「負けたくない」と心の底から思えるバッターだった。最後に残っていた僕の野球人としての魂を、ギリギリまで引き出してくれたのは彼だった。これが、僕にとってのあの日の“真実”だ。

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・満身創痍ながら、広島に大きな感動をもたらしてくれた黒田投手には今でも感謝の気持ちしかない




・黒田さんはあくまで真摯な人だな

自分は野球界とは何の関係も無い人間ですが黒田さんの真剣さにはいろいろと感じるものがありました。




・メジャーで毎年200イニング前後消化し、ローテを守り抜いた。まさに鉄腕。黙々と仕事をこなす姿、ホンマに格好良かった!




・黒田投手のドラフトは広島カープ1位指名は沢崎投手でしたね!

広島カープに入団して良かった投手のお一人でしょう。




・澤崎、横山、黒田のうち、当時一番評価が高かったのが澤崎で、一番評価が低かったのが黒田じゃ無いだろうか?




・年を重ねるに従って澤崎は早めに引退、対する黒田は、メジャーと合わせて通算200笑達成。終わってみれば、一番結果残したのは黒田だった。




黒田氏が大谷に対し幅広い球種を見せたというより、そうするしかなかったと語る部分が、黒田氏の人間性の部分と大谷への評価なんでしょうね。

確か記憶では、渡米直後かなんかの番組で、黒田氏の本を読み大好きな投手と語っていたような気がする。

大谷のここぞという場面での気迫のピッチングは確かに黒田氏を彷彿とさせる。










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