古葉竹識
古葉竹識さん、広島で4度リーグV 東京国際大などでも手腕

カープを初優勝に導いた、名将・古葉竹識。「どうしてベンチのすみっこに立っているのですか」の問いに何と答えたか

◆全体を見守り、目を離さないこと

『監督の仕事は何か?』というと、選手たちの動きをしっかりと見て、常に目を光らせていることだと思います。「あの場面で、守りのスタートが遅かった」、「あの打球判断で、三塁を陥れることができなかった」など、ゲーム中のことをいかに指摘できるかが重要です。

当時は年間130試合でしたが、130試合あれば選手が疲れていることも当然あります。しかし、その疲れによって得点を許してしまったプレーを、監督は見逃す訳にはいかないのです。ですから監督は、試合が始まれば一球たりとも球から目を離してはならない。これが一番大事なことだと私は思います。

私が監督時代「古葉さんはどうしてベンチの隅っこに立っているのですか?」とよく聞かれました。そんなとき「球場に行ったときに、一度あの位置からグラウンドを見てください」と言っていました。何故かと言うと、あの位置は投手の投げるストレート、スライダー、シュートなどの球種、打者の打球、野手の動きなど何でも見ることができたからなのです。

現在カープは本拠地がマツダスタジアムとなって、昔と球場の形が違います。ベンチの真ん中あたりでゲームを見ている監督もいますが、その辺をしっかり見られているかどうかだと思います。監督の試合に対する姿勢というものも、チームの成績につながってくるものだと私は思います。

(全文はリンク先)



・素晴らしい監督さんでした。厳しいだけでなく、選手から球場全体まで、すべて見渡していたんですね。



・広島カープ時代、監督といえば古葉さんのイメージが強く、日本一3回は古葉さんだからこそ出来たんです!







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・「お金を払って球場に来ていただいているファンの方たちが納得するような野球を見せるためだからです。」

全てが金言です。



・数多くのプロ野球の名将監督はいますが、私は個人的に古葉監督が1番だと思います。お荷物球団て言われたあの球団を緻密な野球で、途中就任直後の球団初優勝。初日本シリーズは名将上田監督の最強の阪急には全く勝てなかったが、その後はまた名将の西本監督の近鉄相手に2連覇!!江夏の21球がクローズアップされましたが、あれは表に出ていないベンチの古葉監督の玄人采配があってのこと!!最後の日本シリーズは因縁の上田阪急を破り日本一。



・古葉監督の後任の阿南監督もずっと古葉監督の参謀として古葉イズムを継承してくれましたよね。古葉監督が大洋(現ベイスターズ)の監督を引き受け、結果は残念ではあったが、大洋の選手達が古葉監督が揃えた信頼のおけるコーチ陣体制の中、古葉監督の緻密で勝つ野球についていけなかったのが要因だと思います。残念でならなかったです。




>>大洋の監督を退任する時、選手が胴上げしようとしても「胴上げは優勝してするもの」と固辞してましたね



>>付け加えれば、二連覇では江夏は大活躍した。だが古葉は江夏を放出した。理由が「江夏はチームの和を乱す」と、、そう言った厳しさのある監督だったな。



・私は古葉監督の大洋時代を小さい頃にしか知らない世代で、当時の漫画でもベンチの影に半分隠れた姿で描かれ、それがキャラクターのようになっていた。

カープの名将にして、忍耐と厳しさの人であるのを知ったのは大人になってからだが、あの場所が投手の球や野手の動きを追いやすく、最も試合の流れを掴みやすい場所だったというのは凄く良くわかる。

ルーツ→古葉→阿南と受け継がれた時代のカープは情熱と知のチームだったと思う。



>>ホエールズ時代の古葉さんといえば・・・ 「ええか皆!今日は達川とは一切口きくな!挨拶からするな!『達川無視作戦』じゃ!」



・かっとばせキヨハラくんで正にそんな姿を揶揄したキャラが出てたのでお名前は存じ上げてました。ギャグ漫画ですからそういった意味があるなんて一切触れてなかったので真意がわかってなるほどと勝手に思ってます。



・河合じゅんじ作品の漫画、かっとばせ!キヨハラくんにて。

大洋のコバ監督がいたんだけど、常にパネルで半分隠してるキャラクターなんだけどなんでだ?と思ってた。実際古葉監督の映像見たら、なるほどと思ってしまった。



・大洋では、隠れるロッカーがなかったから、成績が悪かったとも言われていた…



・カープの歴史は古葉監督の存在と貢献を抜きには語れない。普段は温厚な監督も野球のプレーにおいては厳しかった。当時の選手の振り返りでもみなさんそれを語っておられる。



・良い記事ですな。特に観客への思いのくだり。相手がいるから当然負け試合もある。が、古葉さん率いるカープは試合を投げたような負け試合は皆無だったと記憶している。だから監督を辞めて貰いたいと思ったことは一度もなかった。



・今とはまた時代がひと昔も前になる。同一視はできない。それでも応援してきたあの頃のカープは強かった。選手もスター選手揃いという意味とはまた異なる個性があった。決して恵まれたとはいえない環境下でも強くなれた。



・高橋慶彦さんがいう、「オレ、あそこで育てられたもん」と。その言葉だけであの頃のカープの強さがわかる。そして余所にはないチームの魅力を改めて感じる。



・対して今のカープはおとなしい。何を考えて野球をしているのか迷走も甚だしい。時代は変わっても根本は変わらない。ファンを広島を盛り上げる野球をしてほしい。

自信なさげな野球はつまらない。選手はもっと気持ちを前面に出してほしい。負けた悔しさ、届かなかった涙が次へと押し上げる。




・古葉監督は日本プロ野球における名将の一人。
古葉監督の下でプレーする選手たちも、みんな「鍛え上げられたプロ中のプロ」と言える人たちばかりでした。



・昭和50年代〜60年代の広島は本当に強かった。
ああいうチーム、イチから鍛え上げられて強くなっていったチーム…というのを、また見てみたい。



・野球にさして興味の無いお袋が好きだったのが古葉さん。ベンチ端で腕組みしてる佇まいが子供だった自分にも「渋い、恰好良い」と感じさせたものですが、きっと女性にも相当もてたと思います。

マスターズ・リーグにも古葉さん目当てに行きました(監督やってた)。試合前のボールの投げ入れの時「古葉さ~ん!」と大声で叫んだら満面の「古葉スマイル」で応じて下さいました。宝物の思い出です。



・昔の市民球場の名物と言えば、ガラ空きの客席と酔っ払いの野次、
観戦しながらタバコすぱすぱだったぜ。
古葉や大下の名物鉄拳指導も懐かしい。



・古葉さんは素晴らしい監督でしたね。それと田中ヘッドが有能で、ベンチがうまく機能していました。
また、毎年、春季キャンプに臨時コーチを招いて、投打の技術向上を図っていたのも印象深いです。今のオーナーでは考えられない時代でした。



・お金を払って球場に来ていただいているファンの方たちが納得するような野球を見せるためだからです。
↑この言葉、ホントそれだよ!!
今季カープの試合1試合しか行かなかったんだけど、今チケット代高いし、内容の悪い負け方が多いいからイライラして帰るのも嫌だからなんだけど、行った試合、残塁しまくって1点しか取れず相手は大量得点で最悪でした。
負けてもいいから、せめて明日に繋がる試合してほしい



>>夫婦2人でチケット、新幹線、宿泊代で1試合につき平均6万円弱、今年11試合観戦しましたが、7試合が2点以下でうち3試合が完封負け、そりゃ愚痴も出ますって( ;∀;)



・今の時代に鉄拳制裁は許されないだろうが、監督の仕事や責任は、変わらない。
形を変えても、厳しさは必要。



・古葉監督はカープの黄金時代にチームを率いた監督だけど、
同時に、カープの貧乏球団時代の体験から、カープが人気球団になって経営的に栄えて行く事が、年俸その他選手達のためでもある、と考えていた方でも有ると思う。
常日頃から、打撃はスランプに陥る事が有るが、守備と走塁はスランプは無い、が信念だった方で、守備と走塁では選手を徹底的に鍛え上げる、と言う方針だった。
カープと言えば守備と走塁、隙の無い野球、と言うイメージの元を作った監督だと思う。
これが、今のカープの選手、チーム作りにも活きていれば…。



・どの監督もホームベース寄りに座ってるけど、それが何となくとか交代を言いやすいからとかで座ってる可能性もありそうだね。
落合博満さんが監督の時も練習は定点観測してたみたいだし、名将は名将を知るのかも知れないね。



・今年のカープは勝つ意識があったのだろうか。
本当にイライラさせる攻撃と素人でも解る投手交代の決断の遅さ・・・
1点を取ろう!守ろう!とする姿でなかった。
新井監督は古葉野球を勉強して来期出直してほしい



・『勝つ野球』を観に来てる…その通り!
いくら球場が楽しい場所になったとしても、肝心要の試合に負けてるようじゃ意味がない。たとえ負けても、惜しかった!明日は絶対勝てる!と思わせてくれる野球を観たい!
来年は土俵際いっぱいいっぱい!頼むよ新井!



・カープの名将。子どもの頃は、温厚そうなオッちゃんだと思っていたけど、後で怖かったと知って驚いた記憶があります。カープの歴代監督でも、とても印象に残っている監督さん。



・セリ一グの某チ一ムのファンですが、現在の監督に古葉さんのこのコメントを
聞かせてあげたいですね。
それにしても、古葉さんが監督時代に鉄拳制裁をしたこともあるとはちょっと意外でした。



>>手が出る出ないではなく、古葉さんが怒ったら本当に怖かったらしい。

エモやんが南海時代、納得できない交代をさせられてベンチで文句を言っていたら、古葉コーチに
「それくらいでやめとけや」
とボソッと低い声で嗜められたが、その時の古葉はゾッとするくらい怖かったそうだ。




・むかしのカープのスローガンが、「忍」耐えて勝つという年があった記憶があります。あの時のカープが大好きです。そういった厳しさも今のカープには必要かと思います。



>>耐えて勝つは古葉、忍は阿南



・古葉さんの手腕もあったが、前任のジョールーツ監督の意識改革も大きかった。帽子を赤色にイメチェンし、燃える集団に変えようとした成果も大きかったと。



>>完全に同意です。
古葉監督のルーツはまさにジョー・ルーツ。
無論、古葉監督の能力を否定する訳ではありません。



ちろん監督ごとにやり方が違うのは当然だが、先人たちの良い処は見倣ってもらいたい。常に選手たちのプレーを観察し、悪い点があればきちんと指摘して修正する。監督の仕事はそれに尽きると思う。そういうことの積み重ねが大きな力になってチーム力の向上に繋がるのだとこの記事を読んで納得した。
そしてその姿勢は野球に限らず、全ての仕事にも通じるのだろう。
やはり名将と呼ばれる人の言うことは違うね。



・古葉監督のこの思いこそが、ファンが今のカープに最も望むものである。今の時代に古葉監督がいてくれたらと願うばかりである。



・未だにカープ唯一の日本一監督。
新井の家族主義もいいが、勝ち切るにはやはり一定の厳しさは必要ではないか。



・言葉が重い
特別なことを言っているのではないが、司令官としてシンプルで覚悟を示す言葉
私達も強い、勝つCARPを望む




※カープ 古葉竹識元監督 旧市民球場の思い出を語る



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