広島カープ大下剛史コーチ
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/276806
広島の「鬼軍曹」練習メニューが壮絶すぎた 西山秀二氏の告白にスタジオ騒然 五十嵐亮太氏も絶句「本当ですか…?」

西山氏は「練習始まって、午前中ずーっとランニングなんですよ。最初は『1、1、1、2』って足を揃える声から始まるんですけど。そっから今度、連帯歩調になっていくんですよ。そっから、どんどんスピード上げろと言われるんですよ。それが終わったらインターバル走が始まるんです。『今度はライトポールからレフトポールまでダッシュしろ』。で、ホームまでゆっくり来て『今度、ホームからレフトポールまで行け』。で、またゆっくり来て。『ホームから今度は1周全力で行け』って言って」と過酷すぎる午前中メニューを振り返った。

浜田が驚きながら「休憩ないんですか?」と聞くと西山氏は「休憩ないんですよ。休憩はレフトポールからホームへ来る間、ゆっくり走ってくる、そこだけなんですよ、休憩。そこで息を整えろいう感じなんですね」と説明。壮絶すぎる内容に、五十嵐氏も「本当ですか…?」と絶句した。

(全文はリンク先)


・大下剛史の講演で「一番殴ったのは江藤、そして新井と野村謙二郎」と言っていました。
この人が一喝すると山本浩二でさえなぜかピシッとすると言ってましたね。




・だから「鯉のぼり」…(涙)





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・この練習は今では問題だけど
カープは他球団に比べると闘志が感じられないかくここ一番に弱さが露呈する
やっぱり新井監督の反対に闘志を奮い立たせられるコーチは必要かと




・鯉ファンもマスコミも野球評論家もこの頃の広島低迷の原因を主力のFA流出ばかりに焦点を当ててけど、実のない根性練習が原因で若手選手が伸び悩んだり、怪我したりして選手層が薄くなって世代交代が上手くいかなかったことに尽きるだろう。




・現在広島では新人がベテラン含めの合同練習をしてる。地方で自主トレ組は参加してないが、和気あいあいと仲良く全く緊張感の無い状態だ。





・試合前、何人かの選手が裸足でフリ─バッティングをしていたのを目撃したことがあります。あれはドン引きしたわ。ノックでも何度か素手でやっているのを目撃したことがあります(ゆるいゴロではない)。

こういう練習を目撃、情報があるからスカウトに僕を取らないで欲しいと直訴したアマ選手が何人もいたそう。




→裸足でフリーバッティングは江藤さんがやらされていた、と前田智徳さんが言ってましたね。打撃コーチの指導だったので大下さんではないですね。
素手ノックは大下さんですけど




→ノムケンがノックの途中でグラブ外して素手で受けてたな




・んで、このトークにしっかりオチがありまして、
この無茶ぶり練習の中で台頭しちゃったのが金本さんでして、
それがのちに、鳥谷さんが在籍してた阪神に向かったという訳です。




・大下さんは東映フライヤーズで若手の頃、ノックしている水原監督がグラウンドに彼女連れてきたのにブチ切れて、ボール投げつけて帰ってしまう。

その大下コーチが広島の鬼軍曹として、若手選手であった高橋慶彦に雷を落とし、高橋は反発、グラブを叩きつけて帰ってしまう。

いいことではないけど、それくらいハートが強くないとプロで成功するのは難しいのかな。




→その東映時代、送りバントのサインを無視して打ちに行った打球がホームランとなって当然褒められると喜び勇んでベンチに帰ったら、監督からこっぴどく叱られ悔し涙にくれた というエピソードも在りました。




→その東映時代
先輩の張本さんの守備位置を見て
どご守ったんや、もっと前やろ!
て、タメ口で注意したエピソードも有名。




・でもね、当時お金の無いチームは根性で這い上がって来る選手だけが頼りなんですよ。
厳しくしても残る選手が野村・江藤・緒方・前田・金本だったって考えると凄い選手を育ててるんだよ。

貧困球団時代だからFAで出て行くのは仕方ないとしてもね。




・達川政権1年目のヘッドコーチだった大下さんが実際はサインを出して実権を握ってたと当時選手だった人に聞いたよ。




・福地寿樹さんはあれ(名前呼びたくないくらい嫌い)のせいで潰されかけましたがね。

後の野球選手としての活躍見たらカープ出て良かったし、それなのにコーチとして戻ってきてくれて中村奨成さんを覚醒させようとしてるし、感謝しかありません。




・大下の無茶なノック等で怪我をした選手や引退にまでなった選手も何人かいるはず。名前は伏せるけど。




・昭和のネタとして、聞き応えはあるが、良い話ではない。






・大下氏はテレビ朝日の解説者時代に、いずれは広島か古巣の日本ハムでの監督就任が噂されていましたが、どちらの球団にも監督として声が掛かりませんでした。

本来なら1998年に三村監督が辞任した後任には、達川氏では無く大下氏が監督に就任したはずです。やはり監督をさせるには、人間的に問題があったように思えます。




・達川政権時に練習させすぎてケガ人続出し、1年持たずに引責辞任でしたね。
西山さん曰く、この時はまだマシだったらしいけど、今の子たちが見たら「そんな人いるなら入団拒否する」って人続出だったでしょうね。

実際、後にそういう選手が複数いました




・アジア大学の猛練習とどちらがキツいんでしょうか?




・意味と中身




・古田敦也氏が、試合前の練習でもあまりに酷いのでちょっと声をかけようかと思ったそうですから…
でも思いとどまったと。その理由はまさに大下さんが怖かったからだと。どんだけだよ…




・大下さんがコーチになる以前から、カープではよく走らされていたそう。
慶彦さんが陸上部というぐらいに。




・大下さん、焼畑農業みたいだったなぁ。
根性あるやつ限定育成だったもんなぁ。




・山本由伸じゃないけど上に行く選手は自分に合った練習方法を確立してるのかな。




・精神論




・広島は猛練習に耐えられる人をドラフトで指名する




・古葉監督はベンチの中で、凡打やエラーした選手を外から見えない様にして
足で蹴っていました。




・今でもYouTubeとかで見るとカープの二軍選手はどこのチームよりこんがりと日焼けしている。




・怪我人が多くて主力がまともにシーズンをフルで戦えなかった暗黒時代




・ただ、息の長かった選手は結構いた
つぶれた選手はその10倍いるんだろうけど




・暴力が良くはないのは言うまでもありませんが、練習そのものが科学的に考えられている今とは違うので、ここだけを切り取ったら駄目だと思いますがね。

川口と西山が出ていた別の記事では、この練習に耐えた選手はみんな40近くまで現役でプレーが出来たと言ってましたよ。

それに、江藤は去年いなかった気がしますが、そう言う練習をさせられた選手がOB戦に集まってくるのは何故ですか?嫌な思い出しか無かったら普通集まりませんよ。





→練習のおかげで40近くまでプレーできたと捉えてらっしゃるようですが、耐えられるほど元々頑丈な体質だったから長く現役を続けることができたと考えることもできます。

MLBも40前後まで現役続けた選手は多くいますが当時の広島のような練習をしているわけではないですよね。
因果関係はもっと冷静に考えるべきです。




・大下がキャンプ初日に殴って帰郷を命じて、カープではさっぱり目が出なかった福地寿樹はヤクルトで9000万円プレイヤーになりました。
あの時代、有力選手が入っても芽が出ないことが多かったけど、大下も少なからず原因になってると思う。




・このシゴキ練習で本当はプロ野球選手として生きて行けなかった新井貴浩は2000本安打、タイトルも獲得出来た。まぁ本人の努力、丈夫な体が有り駒澤大学の太田監督、野村謙二郎の後押しも有ったからかな。




・やりすぎ感はあったけど、しごかれた選手がこのおかげで一流になった可能性もあるし、怪我なくもっと凄い選手になった可能性もある
潰された選手も多少はいるだろうし、こればかりはわからないですね



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